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名古屋高等裁判所金沢支部 昭和47年(う)1号 判決 1973年1月25日

主文

原判決中被告人孫山由雄、同孫山秀雄に関する部分を破棄する。

被告人両名をそれぞれ懲役一年二月に処する。

原審における訴訟費用中、証人村田五郎に支給した分は被告人孫山由雄の負担とし、その余は被告人両名の連帯負担とする。

理由

本件各控訴の趣意は、被告人孫山由雄の弁護人神保泰一、同孫山秀雄の弁護人中村吉輝提出の各控訴趣意書に記載されているとおりであるから、ここにこれらの記載を引用する。

神保弁護人の控訴趣意第一点、事実誤認の主張について。

所論は、被告人孫山由雄(以下「被告人由雄」と略称することがある。)の無罪を主張するが、その要旨は、同被告人は、原判示犯行につき野口伊次(以下「野口」と略称することがある。)との間に共謀を遂げた事実がなく、中町良吉(以下「中町」と略称することがある。)が原判示小切手を交付したのは、もつぱら野口の原判示言辞に因るものであつて、同被告人の原判示言辞と右交付との間に因果関係はなく、さらに同被告人の言辞は、取引における「かけひき」として通常許容される範囲のものであるから、詐欺罪の未遂すら成立しない、というにある。

よつて記録を調査し、当審における事実取調の結果をも参酌して案ずるに、原判決挙示の被告人由雄についての関係証拠によれば、次の諸事実が認められる。すなわち、被告人由雄が、昭和四二年三月ごろ、野口に対し、同人が買収方斡旋を交渉中の原判示農地を世話してくれるように依頼したところ、野口は、それまでに交渉を試みた経緯に鑑み、「実はこの土地は、葵建興から頼まれて御世話しようとしたことがあるが、どうしてもまとまらず、見込みがないので、御世話は出来ない。」等と断つたことがあること、その後、被告人由雄が右農地の買入れ方を申込んだ中川澄子が調査した結果、宅地を造成するについては、排水の関係等で地元民の反対があることが判明し、これを知つた右中川においても、「私の方で調べてみたら、あんたらまとまつとるというてはおるが、とびとびにしか買えんやないの。」と買入れを拒否したこと、次いで、同年六月ごろ、被告人由雄が、被告人孫山秀雄(以下被告人「秀雄」と略称することがある。)を伴なつて野口方を訪れたところ、野口が、被告人両名を現地へ案内して、「自分が前に交渉してまとめようとした三、〇〇〇坪の土地というのはこの部分だが、中に二、三反対する地主がいるんだ。」というような説明をしたので、続いて、野口方に右三名が参集し、談合するうち、同人らの間で、右土地を買いたいという者から金を出させて金を作り、そのうちいくらかを自分らで使つて、残りの金で何とか三、〇〇〇坪の土地をまとめ、それを何処かへ売り、儲けを出して自分達の使つた穴をうめればいいではないか、との話がまとまり、被告人由雄において、第三者からひき出す金として、「とり敢えず五〇〇万円位ではどうか。」とか、被告人秀雄において、「一、〇〇〇万円。」等と各発言していること、さらに原判示のとおり同年七月一日、浦松雄方へ赴く前に、被告人両名は、上野悟と共に金沢地方法務局において右農地の登記簿を閲覧したが、その折にも、被告人由雄が、被告人秀雄や右上野に、土地を売るのに反対している地主として二、三の名を挙げていたこと、そして、原判示浦松雄方における会合においては、中町から、買収の条件として、一〇、〇〇〇坪はまとめてほしい旨や、宅地を造成する場合の道路拡張、排水の問題は解決できるかと問われ、野口が原判示虚言を用うるや、被告人由雄は、上記の事情からして、八、五〇〇坪はおろか三、〇〇〇坪ですらまとめて買収できるかどうか定かでない情況にあることを知悉しており、道路拡張、排水の問題も未解決であることを察知していながら、野口の虚言をよいことに、これに呼応してさらに交渉を進展、結実させるべく、原判示のとおりすでに他の買受人が出現しているかのごとく虚構の事実を申し向けて土地購入資金名下に一、〇〇〇万円の交付を求め、返答を迫つたこと、かくして中町は、右農地が宅地造成に好適の土地であつたことでもあり、手付金を交付しておかないと他の業者の手に渡つてしまうかも知れず、そうなつては業腹であると考え、一、〇〇〇万円の交付を決意したものであること、以上のような事実を認め得る。そうだとすると、被告人由雄は、原判示欺罔行為の全てに亘り事前に共謀していたものではなかつたとしても、少なくとも原判示浦松雄方における交渉の過程を通じて、その時までには原判示犯行につき野口や被告人秀雄と共謀を遂げたものであることが明らかであり、それのみならず、中町において金員の交付を決意したのは、野口の言辞に因ることもさることながら、むしろ被告人由雄や、これに同調した被告人秀雄の原判示言辞を直接の動機としたものであることが認められるから、被告人由雄は本件欺罔行為の重要な部分を実行しており、その言辞と原判示小切手の交付との間に因果関係の存在することも明らかである。さらに、被告人由雄の原判示言動が取引行為におけるいわゆる「かけひき」として通常許容される範囲のものではなく、詐欺罪を構成する違法な欺罔行為であることも、その態様、結果等に照し、多言を要しないところである。これを要するに、原判決挙示の関係証拠により原判決事実を認定するに十分であり、原判決の事実認定を非難する論旨はすべて理由がない。

中村弁護人の控訴趣意第一点、事実誤認の主張について。

所論の要旨は、被告人秀雄は、原判示犯行につき共謀を遂げた事実がなく、中町が原判示小切手を交付したのは、もつぱら野口の原判示言辞に因るのであつて、被告人由雄、ひいては被告人秀雄の言辞と右交付との間に因果関係はなく、また、被告人秀雄は、野口や被告人由雄の言うことが真実であろうと信用していたものであるから、詐欺罪の犯意もなかつたものであり、いずれにしても同被告人は無罪であるのに、これを詐欺罪に問擬した原判決は、証拠の取捨を誤つて事実を誤認したものである、というのである。

よつて記録を調査し、当審における事実取調の結果をも参酌して案ずるに、原判決挙示の被告人秀雄についての関係証拠によれば、前記被告人由雄の関係において認定したのと同様の諸事実を認定することができ、そして、被告人秀雄も、原判示浦松雄方における交渉に際し、野口や被告人由雄の虚言を前提としてこれに呼応し、原判示のとおりあたかも他に買受人が存在しているかのごとく申し向けて中町の決意を促し、金員の交付を求めたものであることが認められる。そうだとすると、被告人秀雄においても、少なくとも原判示浦松雄方における交渉の過程を通じて、それまでには野口や被告人由雄と原判示犯行につき共謀を遂げたものであることが明らかであるのみならず、被告人由雄の言辞や、これに同調した被告人秀雄の言辞と、原判示小切手の交付との間に因果関係が存在すること、被告人両名の言辞が違法性を阻却される範囲のものでないことについても、前記被告人由雄に関して説示したところと同様であるとせねばならない。また、被告人秀雄は、右認定の諸事実に照し、野口や被告人由雄の発言の内容が虚構のものであることを認識していたものであるから、詐欺罪の犯意があつたことも明らかである。これを要するに、原判決の事実認定に何ら不合理なかどは認められず、これを非難する論旨はすべて理由がない。

神保弁護人、中村弁護人の控訴趣意第二点、各量刑不当の主張について。

各所論の要旨は、いずれも、各被告人が仮りに有罪であるとしても、原審の量刑は重過ぎるから、刑執行猶予の言渡を求めるというのである。

よつて案ずるに、証拠によつて認められる本件犯罪の罪質、動機、態様、被害額、犯罪後の情況、並びに各被告人の年令、境遇、経歴、性行等、ことに本件犯罪は、大胆な態様のものであり、これによる被害も一、〇〇〇万円に上るが、その大部分を被告人両名において借財の返済のみならず遊興費等にも費消したものであること、被害の弁償についても、原判決当時は、遅延損害金をも含め一五五万円程度を支払つたに過ぎなかつたものであること等諸般の情況に徴すると、被告人両名の刑責は極めて重大であるといわねばならないから、被告人両名を懲役一年六月に処した原審の各量刑は、その言渡当時においてはいずれも相当であつたものと認められる。しかしながら、当審において取調べた口頭弁論調書(認諾)謄本写及び領収証によると、原判示中町良吉から本件被害の弁償に関連して提起された約束手形金請求訴訟事件において、昭和四六年一二月二〇日、本件被告人両名が九〇〇万円と利息金の請求全部を認諾し、その履行として昭和四七年九月六日、金三〇〇万円の内入弁済がなされた事実が新たに認められるので、かかる原判決後の情状を考慮すると、刑の執行を猶予すべき特段の事情が備わつたものとまでは認め得ないが、現在では、被告人両名に対し原審における各宣告刑よりもやゝ刑期を減ずるのを相当とするに至つたものと思料せられる。各論旨は、結局理由がある。

よつて本件各控訴は理由があるので、刑訴法三九七条二項、三九三条二項により原判決中被告人孫山由雄、同孫山秀雄に関する部分を破棄することとし、同法四〇〇条但書により当裁判所において更に判決する。

当裁判所が認定した被告人両名の(罪となるべき事実)、これに対する(証拠の標目)は、原判決三枚目裏三行目に「右中町良吉をして」とある部分を削除するほか原判決の記載と同一であるから、ここにこれらを引用する。

(法令の適用)

法律に照すと、被告人両名の判示所為はいずれも刑法六〇条、二四六条一項に該当するので、その所定刑期の範囲内で被告人両名をそれぞれ懲役一年二月に処することとし、原審における訴訟費用中、証人村田五郎に支給した分は刑訴法一八一条一項本文を適用して被告人孫山由雄の負担とし、その余は同法一八一条一項本文、一八二条を適用して被告人両名の連帯負担とする。

よつて主文のとおり判決する。

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